石見 和田珍味店舗紹介
ギフトコーナー
島根の特産品コーナー
石見地酒蔵コーナー
陶器コーナー
はしま亭
展望レストスペース
石見 和田珍味へのアクセス
リンク
神島の言い伝え 願いのかなえ方
石見 和田珍味商品へのこだわり
石見 和田珍味本店の営業時間
午前9時〜午後6時半まで
年中無休
島根県大田市五十猛町1559-3
TEL0854-87-0611
 
 
 
 
オンラインショッピング
 
ちょっと贅沢な贈り物
 
石見 和田珍味おすすめ特産品
 
 
石見 和田珍味本店「地酒蔵」
 
和田珍味品質第一主義-ブログ-
 
 
 
おみやげパーク【名古屋のお土産通信販売】名古屋を代表する老舗店が集
この写真は「龍源寺間歩」という名前の坑道です。石見銀山にはこのような坑道が約600程ありますが、現在一般公開されている坑道はこの龍源寺間歩のみです。このごつごつとした岩肌は銀山を掘るときに使ったのみの跡です。当たり前の話ですがすべて手で掘られたものです。石見銀山は自然環境と共生し、そしてアジア初の産業遺産として今最も世界から注目される世界遺産です。
 

 大久保間歩は仙の山という石見銀山の銀山ゾーンあたりにある山の中腹にある、石見銀山遺跡に約600あると言
われる間歩の中で最大級の間歩です。仙の山には多くの
間歩があり、それぞれが横穴などで繋がっており大久保
間歩自体の総延長は不明です。
江戸時代から明治時代に採掘され、石見銀山の最盛期を
担ったといわれています。 
関が原の戦い後、徳川家康が石見を幕府直轄領とし、初代
奉行に大久保長安を任命したそうです。大久保長安は部下を
伴い石見銀山の開発を進め、家康に莫大な銀を納めたそう
です。そんな大久保長安は槍を持って馬に乗ったまま間歩
に入ったという伝承が残っています。
 大久保間歩は仙の山という石見銀山の銀山ゾーンあたり
にある山の中腹にある、石見銀山遺跡に約600あると言
われる間歩の中で最大級の間歩です。仙の山には多くの
間歩があり、それぞれが横穴などで繋がっており大久保
間歩自体の総延長は不明です。
  江戸時代から明治時代に採掘され、石見銀山の最盛期を
担ったといわれています。
関が原の戦い後、徳川家康が石見を幕府直轄領とし、初代
奉行に大久保長安を任命したそうです。大久保長安は部下を
伴い石見銀山の開発を進め、家康に莫大な銀を納めたそう
です。そんな大久保長安は槍を持って馬に乗ったまま間歩
に入ったという伝承が残っています。

                                            大久保間歩入り口です
 
大久保間歩の場所は銀山柵内(ぎんざんさくのうち)というところの本谷地区の中にあります。(そこが仙の山の中腹です)
大久保間歩へ行くにはかなり険しく細い 山道を登っていかな
くてはいけません。  大久保間歩の場所は銀山柵内(ぎんざんさくのうち)というところ
の本谷地区の中にあります。(そこが仙の山の中腹です)
大久保間歩へ行くにはかなり険しく細い 山道を登っていかな
くてはいけません。
 
大久保間歩の入り口付近に着くと、あたりは涼しい風が吹いています。間歩の中から冷たい風が吹いてきています。 入り口付近は狭く、天井も低いですが、奥へ進んでいく道のりはくねくねと迷路のようで、横穴もあちこちに開いています。入り口付近で低かった天井も奥まで行くとかなりの高さがあります。間歩の中は真っ暗闇でひんやりとしていて、足元は岩から湧き出た水で水浸しです。
  間歩の中の壁、天井はノミの跡で覆われています。まるで芸術作品のようなノミの跡です。 あまりの暗さに岩肌が迫ってくるような錯覚をしてしまいそうになります。
さらにその昔掘った銀をトロッコで運び出したということがわかっています。
なぜなら間部内に枕木がたくさん残っているからです。タイムスリップをしてしまいそうなところです。

ごつごつとした壁はすべてのみの跡です
ごつごつとした壁。これはすべてノミの跡です
横穴が無数にあります
   このような横穴が無数にあります
大久保間歩内部の岩から湧き出た水
    岩から湧き出た水
大久保間歩内部の奥まで進んでいくとかなりの高さがあります。
  奥まで入るとかなりの高さがあります
 
 
 

↑ページの上へ戻る

(株)和田珍味  〒694-0035 島根県大田市五十猛町1559-3
TEL0854-87-0611/FAX0854-87-0844
お問い合わせEメール:
netto@wadachinmi.co.jp